ブラックホールの境界線、いわゆる事象の地平では観測者から見ると、そこに到達した宇宙船は時間が停止し大きさがなくなる。これは実際に宇宙船の存在が消失するのでは無いので幻と言っても良いのかも知れない。実際、相対性理論が示すところによれば、宇宙船は事象の地平を越えるときに自分の固有時間が止まったり、自分の存在が消え去るという事を体験することはないのだから。事象の地平において時間が止まるとはどういうことか。事象の地平からの信号は無限大に波長が伸びるとはどういうことか。
まず波長が無限大に伸びることの意味。これを観測者から見ると事象の地平に到達するのに無限大の時間がかかる、つまり事象の地平に到達することを観測者は有限の時間内に見る事ができないという解釈がある。これは特殊相対論において質量を有するものは光速に達することができないということが示されていることから、受け入れている人が多いと思われる。しかしこれは一般相対論において事象の地平を実際に越える質点は有限の固有時間の中で越えられることが示されていることと考え合わせると、理解が難しい。これは次のように考えることで回避できるかもしれない。つまり観測者の時間においても有限時間で事象の地平に達しうるが、それを観測者は永遠に知ることができないだけである。何故なら事象の地平からは如何なる情報も、電磁波さえも送信することはできないから。では逆に宇宙船が事象の地平にとどまっていた場合、どうなるか。相対論では事象の地平に達したら否応なくブラックホールに引き込まれるはずであるが、理論的にこれを回避する方法がある事をのちに示そう。
そして事象の地平を越えてブラックホールに吸い寄せられている間も、宇宙船内の時計は一定のペースで未来へ時を刻み続ける。(ここでは強力な重力の潮汐力による影響は無視することにする。)
事象の地平に留まり周回する場合を考える。事象の地平に留まることを考えること自体がナンセンスと思うかもしれないが、ニュートン力学に従えば、事象の地平に留まるための周回速度は、c/√2であり、光速よりも小さいため理論上は可能なはずである。周回速度は光速以下なので電磁波による送受信は可能なはずである。しかし事象の地平に捕らえられていることから、送信された電磁波はブラックホールの内部の方へしか進むことができない。ただし観測者からの信号は受信可能であろう。ただし周回中の宇宙船は時間は止まっている。つまり完璧な凍結保存状態にあるようなものだ。もう少し詳しく見ていこう。事象の地平を周回速度c/√2で周回中の宇宙船は、時間が止まっている。つまり宇宙船は事象の地平の軌道円周上の、或いは軌道球面上のあらゆる場所に同時に存在していると言える。そして外部のものは、それを見ることはできない。もし電磁波を送信し、その吸収波長から宇宙船との相互作用に成功し、その位置を知ることができた時、初めて宇宙船の存在を知ることができる。これは、そう、まるで量子論における波束の収縮だ。私はこれは単なる偶然の類似なのでは無く、本質的に同じものを見ているのでは無いかと考えている。
時間が止まっているものは、量子状態にあると言えるか?
時間的変化がないものは、量子状態にあると言えるのか?