量子もつれ(エンタングルメント)は、常識外れな量子状態の中でも最も理解が難しいものの一つだ。相互作用状態にある二つの量子の波束の収縮において、相対論的制約を受けないとするものだ。つまり波束の収縮が片方に起こると瞬時に(つまりあらゆる情報伝達は光速度を超えないという相対論の制限を受けずに)もう片方にも起こるというものだ。量子状態は、我々が観測していない間は波動として存在している。これは複数の量子が相互作用状態にあっても当てはまると考えられる。そして量子もつれが実験的に証明されていることから、この考えは正しいはずだ。例えば量子1がAとA‘、量子2がB、B‘というそれぞれ二つの状態の重ね合わせ状態にあるとする。そして量子1がAという状態にある時はその作用により量子2がBという状態になり、量子1がA‘状態では量子2はB‘状態になるとする。この状態からの観測による波束の収縮結果はどうなるだろうか。量子もつれの実験結果は、量子1と量子2がどんなに離れていようが、量子1が状態Aに収束すれば量子2は同時に状態Bに、量子2が状態A‘に収束すれば量子2は必ず状態B‘に収束することを示している。この結果に至る過程には少なくとも2つの可能性が考えられる。一つは量子状態において、(A、B)と(A‘、B’)という2つの相互作用の結果の重ね合わせ状態にあるという可能性。もう一つは、量子1の(A、A‘)という重ね合わせ状態と量子2の(B、B‘)という状態が独立に量子状態として存在し、例えば量子1の観測によりその状態がAに収束してから量子2の状態がBに決定されるという可能性だ。相対論の制約を考えれば、後者は考えづらいかもしれない。しかし前者であっても観測という波束の収縮を引き起こす情報が光速を超えてもう片方へ伝わるという点では、同様の問題が残る。前者において、実は波束の収縮は観察前には起こっていて、観測はその結果を知るだけだという解釈も出てくるかもしれないが、この可能性はジョン・ベルにより否定された。つまり波束の収縮はあくまでも観測時に起こる(ように見える)のだ。ということは結局、どちらの過程が正しいのかはわからないことになる。どちらも正しい、つまりどちらの過程も取り得るのかも知れないし、場合によっては両過程の重ね合わせであるという可能性もある。これに関する考察を次にしたいと思う。
量子は波束の収縮が起こった後でも、再び目を離せば量子的振る舞いをする。例えば二重スリット実験で、取り付けられたセンサーによってどちらのスリットを通ったかを決められた電子は、その後に用意されたセンサーを持たない二重スリットでは再び干渉波を描くようになる。では量子もつれの実験ではどうなるだろうか。つまり先の実験で量子1と量子2の状態が観測により(A,B)という状態に決められた場合、再び目を離したらまた元の量子もつれ状態に戻るのか?もしも量子1と量子2の相互作用が一方向性であり不可逆的な反応を引き起こす場合、おそらくそうはならないだろう。もしそうなれば過去へ戻ることになり、因果律が成り立たなくなってしまう。しかし量子力学では戻ることを妨げる結果は出てこない。量子力学では時間の方向性を議論できないのだ。ここで先の過程の問題に戻ろう。もし第一の過程、つまり量子1と量子2の相互作用状態である(A、B)と(A’、B‘)の二つの状態の重ね合わせ状態が既にできていて、観測によりこのいずれかの状態に収束するとすると、因果律的に矛盾が生じる可能性が出てくる。つまり既に量子1と量子2との相互作用が成立しているにもかかわらずその結果が一つに決まっていない重ね合わせの状態にあるということは、原因→結果が逆にも起こっていることを示唆する。もし因果律を守ることを前提とすれば、相互作用により起こりうる二つの結果がともに生じていると考える以外ない。その場合、観測と同時に観測結果以外の状態がなんらかの理由により消失するということになる。どうやって消失するのか、もしくは観測者の世界からは見えなくなるだけなのか。そのメカニズムの考察として多世界解釈などを持ち出すかどうかということはまた別の問題となる。別の過程を採用すれば、もう少し話は単純になる。つまり量子1と量子2の相互作用も量子もつれ状態にある間は起こっていないとすることだ。例えば量子1の観測により量子1の状態がどちらかに収束し、その後(プランク時間単位の経過後に)量子2の状態が決まるということだ。ここで改めて量子状態というものを思い出してもらいたい。量子力学において量子状態とは位置と運動量の不確定性から導かれるものだ。だから観測により決定できないもの、観測後に変化してしまうものとして位置と運動量は許される。しかし因果律により決定してしまった結果が再び変わってしまうとは言っていないのだ。つまり量子1と量子2の相互作用の結果が観測後に無かったことになってしまうとは言っていない。おそらく波束の収縮は位置もしくは運動量においてのみ生じ、それに付随して生じた因果律の結果は再び量子状態に戻ることはないだろう。よって量子もつれ現象は、その相互作用の結果がもつれているのではなく、複数の量子が相互作用する前の位置と運動量の不確定状態にあることで成り立っていると考えられる。観測により量子1の位置が決められ、それにより量子2の波束への相互作用が引き起こされる。それにより量子2の状態も収束する。そして観測による量子もつれの超光速的解消は、前述したように我々の空間とは断絶した時空間的短縮によりもたらされていると考えられる。
どちらの過程が正しいか。つまり相互作用は観測前に起こっているのかもしくは観測後に起こるのか。これは次のような実験により検証可能である。量子1は量子3に作用し3aという状態に遷移させる。量子2も量子3に作用するが3bという別の状態に遷移させる。量子1と量子2は相互作用しない。このような性質の3つの量子のエンタングルメント実験を行う。もしも量子状態で相互作用がなされ、その結果のエンタングルメントが形成されているのであれば、量子1、量子2いずれの観測でも、量子3の状態は3a,3bいずれか1/2の確率で収束しているだろう。しかしもし作用が観測による波束の収縮後に起きるのだとすれば、違う結果になる。量子1を観測すると3aが、量子2を観測すれば3bが100%の確率で現れるはずだ。
前述のように私の個人的見解としては、よりシンプルに説明可能な第2の過程、つまり量子同士の相互作用は波束の収縮後に起こるというモデルを採用したい。しかしそのためには考察すべき問題点が一つある。量子状態のもつれにおいて、なぜ観測されるまで相互作用が起きずにいるのかということだ。これには時間の流れを考える必要がある。(次章へ続く)